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2015. 03. 06  
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役割を背負わずただ「自分」として出会い、振舞うことについて
昨年4ヶ月の間、フィリピンの英会話学校で、先生、生徒を含めて約11カ国の人たちとともに過ごしていた時、毎日毎日感動することばかりで、胸がつぶれそうになっていました。
10歳代後半から60歳代位の方々が集まって共に学んでいるわけですが、特に「仲良くしよう」とか、場を作ろう、とかホールドしよう、とする意図を持っている人がいなさそうなのに、生徒たちが国籍を超えて、仲良くなっていく様を毎日のように目の当たりにしました。
確かに月一回程度、学校で生徒たちが学校生活を楽しめるようなイベントが企画されてはいましたが、それにしても「なんでだろう?こんなに心が動くのは?」という感動が繰り返し目の前に展開していくのです。
日本と韓国、ベトナムと台湾など、別々の国の生徒同士でルームメイトになって、本当に深い友情を築いている姿。卒業した生徒が、フライトの時間の関係で、真夜中に学校を出発するのに、何十人もの人が見送りに起きて(あるいは寝ずに待って)出てくるさま。別れを本気で悲しむ姿。プールサイドやベンチで夜に語り合ったり、じゃれあう様。
他愛のないこうしたひとつひとつが、なぜこんなに心動かされるのか、と思ったら、標題の2つのケースに当たるものだったからなんですね。
そこにいた人は、誰ひとり「ねばならない」から行動していなかったのです。
ただ純粋に自分の欲求「こうしたい」という意欲から行動していたのです。
そして、どこのだれ、という肩書きや国籍を気にせず、単に一人の人としてふるまい、出会っていたのです。
(生徒の多数を占める日本、韓国、台湾、香港の人たちはほぼ見た目が同じで違いがわからないですから、英語で話していると、どの国の人か見分けが付かない人が多かったです。)
社会生活を送っていると、この2点に曇りが出てしまいがちです。「こうしておいたほうが角が立たないかな」「この方が得かな」「付き合いだから仕方ないか」といったところから行動していること、人がなんと多いことか。
役割、肩書きを外した素の自分としていられる時間がいかに短いことか。
そして、役割、立場として言わなければいけない、振舞わなければならないことがいかに多いと感じていることか。
フィリピンの英会話学校では、その点、本当に純粋なありのままの姿で人が出会い触れ合っていたんだなあと、だからこそ、ひとりひとりの命が輝いていて、美しく、喜んでいる明るさがあんまり眩しくて、いちいち感動してしまっていたんだなあと思います。
職業柄なのか、元々なのか、人の目鼻立ちや姿格好ではなく、その人のハートが開いているか、閉じているか?に常に焦点が当たってしまうのですが、こんなふうに人と人とが国境を超えてつながり会えたら、というモデルが既に存在していることを体験できた喜びは、格別なものでした。
誰も指示も教えもしないのに、勝手に国際交流は生まれている。人は人と繋がりたいという根源的な欲求がある、そしてその時に国境は関係ない。
ということを出会ったひとりひとりのふるまいを通して教えてもらいました。
そして、そのことは、私に大きな希望をくれました。
人々が国籍を超えてつながりあうことは、同じ目的のもとに集まれば、きっと自然にできていく。きっとアジアはひとつになり、世界は違いを超えてひとつになっていけるんだ、という希望を見せてくれた出来事でした。
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プロフィール

株式会社ひらり 大江亞紀香

Author:株式会社ひらり 大江亞紀香
その方のコアからの人生の創造を支援するため、コーチング、NLPを軸に活動しています。

1.自分(存在)を掘り下げ
2.そこから未来を描き、目標を定め
3.人生をクリエイト(創造)する

この道程を通ることで、周囲に振り回されることなく、充実した、幸せな人生を手にすることができると信じ、この課程を支援しています。

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