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2011. 07. 01  
奄美大島

コーチングやセミナーをしていると、あるいは日常生活を送っていると、「良い、悪い」の判断の確認をされる機会があります。


「これでいいんでしょうか?」「これって悪いことだと思いますか?」



わたしたちは育つ課程で、良い、悪いの判断を幾度となく聴いてきています。


それは、しつけという観点や道徳的な観点からのものもあったことでしょう。

そのこと自体、悪いことでも良いことでもないのですが、

そうした良い、悪いの判断をされる経験を繰り返ししてきたからこそ、
私たちの中で無意識に「良いのか悪いのか?」という判断をする思考パターンが出来てしまっている、といえます。


もちろん、良い悪いの判断をしないようにしている、という方もあるでしょう。


日本は元来、こうした二元論を持たない発想形態だったそうです。

一元論的な発想で、例えば自分と人、自分と他のものを区別することなく全体として感じ取っていたといわれます。


その一つの表れが、主語がない文章。複数形がない表現、に現れているとも言われます。

文化は言葉にも影響を与えます。無意識の中で受け取っていることが言語表現にも体系として現れる。


無意識で行っていることですから、分かりづらいかもしれませんが、
主語のある言語を用いる方々とは、世界の認識の仕方が異なるのだろうと思います。

根本的に、「これかあれか」の発想がなかった、その発想に立ち戻るとすると、

ある出来事や選択に対して、良い悪い、という判断をしないでいる、
ということも難しいことではないかもしれません。


実際のところ、物事や出来事にも、わたしにもあなたにも「良い」か「悪い」かの価値は、もともとは存在していないのです。


電車に乗り遅れて、「ああ家を出るのが遅い私が悪かった」と思う。

その後電車が事故で駅と駅の間で止まってしまったと知る。
すると、別の交通機関で移動することが出来て、「遅れてよかった」と思う。


意味をつけているのは自分であり、人間の側の個別の判断に過ぎないのです。

ただ、その時間の電車らなかった、電車が事故で止まった。
それだけの事実なのです。


その時間の電車に乗らなかったことには、良いも悪いもありません。


物事や出来事には、もともと価値や意味づけはありません。

無色透明なのですよね。


「これでいいんでしょうか?」「これって悪いことだとおもいますか?」



こんな風に聞かれたとき、その方や場合によって違いますが、このようにして、お答えすることがあります。


だれもジャッジしていませんから、あるいは、人や文化、お国柄に
よって良い悪いの判断基準は違うのですから


できればいい悪いの評価判断をしないでいたいものですし、

もしもしてしまうとしても

「今は悪いと思っているけれど、良いという視点を持つには、どんな風に捉えなおしたら良いのかな?」

といった問いを持つようようにするのも一案かもしれません。

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プロフィール

株式会社ひらり 大江亞紀香

Author:株式会社ひらり 大江亞紀香
その方のコアからの人生の創造を支援するため、コーチング、NLPを軸に活動しています。

1.自分(存在)を掘り下げ
2.そこから未来を描き、目標を定め
3.人生をクリエイト(創造)する

この道程を通ることで、周囲に振り回されることなく、充実した、幸せな人生を手にすることができると信じ、この課程を支援しています。

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