2010.
04.
04
もしも今「もう○才だから、そろそろこれくらいできていなければ」とか「人生を決断をしなければ」と考えているとしたら、あるいは「もう○才だから、もうこれはできない、あんなことはできない」と思っているとしたら、あなたの気持ちや、体の感覚は、どんな風になっていますか?
「○は△であるべき」「○は○でなければならない」
「べき」や「ねばならない」と言う言葉にも象徴的に現れている、動かしがたい事実、と錯覚するものの中に私たちは囚われてしまうことがあります。
そんなとき、決まって窮屈だったり、不自由だったり、体が緊張していたり、呼吸が浅かったり、あまり幸せな満ち足りた感覚ではないのではないでしょうか。
それはそれで、意欲が湧き、そのエネルギーで事をなしている方々もいらっしゃることでしょう。
では、逆に自分の行動を制限してしまったり、自分の可能性を小さくしてしまうときにはどうでしょう。
あなたは、その感覚を持っていたいですか?
そのときにお、勧めしたいことがあります。
「それって本当かな?」と、シンプルに疑ってみるのです。
絶対に中学生まではお小遣いを持たせてはいけない
週末に家族と過ごさない人はおかしい
この仕事はまずは私のところに報告がないといけない
プレゼンのための資料に、写真を使わないことはありえない
恋人が毎日連絡を取り合わないなんてありえない
資本主義経済が亡くなることなど起こるはずがない
私が愛されるわけがない、私にはできない
なんでもいいのですが、
なにか、自分の中で絶対にこうだ、というものがあったら
「それって本当かな?」とつぶやいてみる。
NLPラーニング、東京13期プラクティショナーコース2日目は、「ビリーフチェンジ」を扱いました。
「ビリーフ」とは、思い込みのことです。先に挙げたものたちは、すべて思い込みから出てきた、「その人にとっての真実」です。
多くの方々とNLPのコースやコーチングを通して出会いながら、お一人お一人の打ちにある深い部分に触れていくと、どれほどこの「思い込み」によって人が苦しんでいるのか?が分かってきます。
「きっとあの人は怒っているにちがいない」
「こんなことをしてしまったから、もう顔向けできない」
「これができないから社会で生きていけない」
「人から尊敬されるような職業についていなければ、生きている意味がない」
「私は愛されない人なんです」と、愛らしくて美しく、人の気持ちを思いやる女性が苦しんでいらっしゃる言葉を聴くとき、
「僕は誰からも必要とされていないんです」と、周りの人をほっと和ませる心の温かい人が言うとき
ほんとうに、びっくりします。
そばでその方に接していて、こちらが受け取っている印象と180度違うセルフイメージを持ち、苦しんでいる人がいる。
こうしたことに出会うたびに、事実ではなく「人の思い込み」と言うものによってどれほど私たち人間は制限を受けて生きているのか、「思い込み=ビリーフ」が強烈に与える影響力を思います。
事実と思い込みは違う。けれど私たちは、思い込みのフィルターを通して、人を、出来事を見ている。
あらゆるものを、思い込み、勘違い、夢のようなものを通して体験しているのだとしたら、自分を制限する思い込みは、自分を力づけてくれる思い込みに変えることが可能。
という視点に立って、制限するビリーフを、望ましいビリーフ(自分の力を発揮できたり、自分らしい状態になるビリーフ)に置き換えることが可能である。
としたのがNLPの「ビリーフチェンジ」のワークになります。
ビリーフは、たいてい無意識の中に落ちていて、どんな思い込みを自分が持っているのかには日ごろ気付きにくいものです。
ですから、ビリーフチェンジにも、たくさんの方法があります。
今日は、その中でも、もっともシンプルなビリーフチェンジのワークをしました。
自分を制限する思い込みを、まず「ほんとうかな?」と疑うことから始めていきます。
ここではワークの手順は割愛しますが、
日常生活においても、なにか「苦しい」と思うことがあったら、どんな思いが苦しみを生み出しているのか?に注目し「それって本当だろうか?」と思ってみる。
これだけでも、視点が変わって(NLPではリフレームといいます)、あるいは客観的になることが(NLPではディソシエイトといいます)できるでしょう。
どれほど強固に、「世界とは、生きるとはこういうもの」、と言う前提や枠組みの中で自分が生きているか?が分かってくると、その枠組みを外して、外の世界へと出て行くことができ、
枠組みを外すと、自分の周りが広くなったような感覚や、自由な感覚や、自然と湧き上がる力を感じられるかもしれません。
しかしその枠を外した外にも、また枠組みがあることを知り、そうしてどんどん枠組みから外れていくと、更に自由になっていくのでしょう。
枠組みから外れて自由でいられたら、より覚醒した状態であるといえるでしょう。
喜怒哀楽を思い切り体験して、生きている実感を味わいながらも、覚醒した始点にもすぐ行ける。そんな状態でありたいものです。
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